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2014年9月22日 (月)

「義の実を結ぶ種を蒔く」

               河野優牧師

             ヤコブ3章13~18節

 イエス・キリストは 「平和をつくる者は幸いです」(マタイ5;9)と言われました。平和が脅かされている現代にあって、平和をつくる者の歩みについて共に覚えます。

義の実を結ばせる種
 
ここでは 「義の実を結ばせる種は・・・平和のうちに蒔かれます。」 といって、「義の実」 と 「平和」 とが結び付けられています。イザヤ32:17では 「義は平和をつくり出し、義はとこしえの平穏と信頼をもたらす。」 と教えられています。神の前に義とされることによって 「平和」 が訪れる。聖書における 「平和」 は 「関係」 において語られます。それも 「神と人間(わたし)」 の関係です。罪人の状態は神に背を向け、神から離れている状態であって神との平和がありません。しかし、キリストの十字架による罪の赦しを信じ受け入れるなら、神との関係は回復され、神との平和を得るのです。
 十字架の福音はこの地上に義の実、つまり神との平和という豊かで祝福に溢れた実りをもたらす種なのです。

平和をつくる人によって平和のうちに蒔かれる種
 
義の実を結ばせる種は 「平和をつくる人によって、平和のうちに」 蒔かれます。カルヴァンは平和をつくる人についてこう語りました。「上からの知恵によって行動する者は、隣人の間にあって多くのことを寛容をもって耐える一方、義を蒔くことをやめず、平和な方法で他の人の過ちを正そうと努力する。」 私たちは、私はどうでしょうか。平和をつくる人でしょうか。
 神がくださる平和・義の実は、キリストにおいてこの地上に鮮やかに示されました。なぜ、私たちは国の指導者たちのために祈るのか、何を祈ればよいのか。イエス・キリストは十字架上にあってもなお、敵のために、自分をあざける人々のために祈られたではありませんか。
 憎しみではなく愛をもって、私たちは愚直に、神の平和のうちにあって、その祝福を現実に享受し、味わい、感謝し実現していく者として、義を結ばせる種・福音をまくことをキリスト者としてやめません。

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