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2014年9月29日 (月)

「私たちの礼拝するお方」

                 岡村又男師

                詩篇8篇1~9節

 詩篇8篇1節と9節をを見ますと同じ言葉で賛美を始め、賛美で終わっています。「私たちの主、主よ。あなたの御名は全地にわたり、なんと力強いことでしょう。あなたのご威光は天でたたえられています。」
 ここに 「主よ」 と呼んでいる主体が 「私たち」 となっています。『私たちの主よ』 これは共に礼拝している会衆全体を指しています。
 ところが3節から8節を見ますと 「私」 という単数で歌われています。これは共に礼拝している 「私」 を表しています。
 教会の礼拝は、共同体として、「共に神を賛美し」 礼拝します。それと同時に、神が一人一人に語っていてくださるのであり、一人一人が神の御前に出てきて礼拝します。私たちは礼拝するとき、「全体と個」 ということを忘れてはならないということです。
 グンケルという聖書学者は、「この詩篇が歌われるときは、1節2節が合唱で、3節から8節は独唱で、9節はまた、合唱で歌われるという3部からなっている」 と語っています。
 第1は、天地創造に思いを馳せて、創造主である神を誉め称えています。1節から3節に私たちが礼拝すべき神がどのようなお方かということが歌われています。
 第2は、4節から8節に、その創造者である神を礼拝する私たちは、いったい何者なのか、人間とは何なのかということから聖書の人間観が語られています。
 第3は、新約聖書の関係でマタイの福音書にこの詩篇の2節が引用されています。ここから 「主イエス・キリストとの関わり」 について学ぶことができます。(21:16) 1節9節を覚えて告白しましょう。
 「私たちの主、主よ。あなたの御名は全地にわたり、なんと力強いことでしょう。あなたのご威光は天でたたえられています。」
 「私たちの主、主よ。あなたの御名は全地にわたり、なんと力強いことでしょう。」

             

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