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2014年9月 1日 (月)

「黙って神を待ち望む」

           詩篇62篇1~12節

 激動する日本と世界、私たちの生き方をみことばに照らして黙想しましょう。
1.黙って神を待つ
 
「私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の救いは神から来る」 ダビデの生き方、信仰の姿勢です。神の視点から自分とその置かれている場所を見極めています。自分の思い、願い、計画が実現できず苦しむことがあり、失望、落胆することがあります。ダビデは人間が経験する歩みの中で 「私のたましいは黙って・・」 と100%神に信頼し、神を仰ぎ望み、神のみわざが現実となる 「恵み」 を現実に体験しました。
2.心を注ぎだして神を待つ
 
ダビデは 「あなたがたの心を神の前に注ぎ出せ・・」 と語ります。人間の思い、願いを超えて神の可能性に信頼する姿勢です。もだして神を待つのです。遅くてもひたすら神に信頼して待つのです。「わが望みは神から来る」 と徹底して神のご真実を待ち望むことです。その時心の中の思い煩い、わだかまり、苦しみが消え去るのです。
3.神を待ち望む幸い
 私たちの人生、信仰生涯を展望してみましょう。いろいろなことを経験する私たち、その人生は荒波に乗り出す舟のようです。そこで人にはできないことも 「神にはできる」 と確信するのです。世界宣教大会が終わりました。50年前に国外宣教の必要を訴えた先生のお証しに心が揺さぶられました。9年間の沈黙を破って後、神は今日まで同盟教団の国外宣教を祝され、多くの宣教師を諸外国に遣わされたのです。「神のなさることは時にかなって美しい」 のです。東日本大震災以来3年5ヶ月ですが。不透明さが増している状況です。信教の自由さえ、脅かされかねない風潮が見え、「イエスは主です」 との信仰告白を堅持していきたいと思います。パウロは 「艱難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出す」 と語ります。信仰と忍耐によって歩んだ人物にヨセフがおります。ヨセフの生涯から 「黙って神を待ち望む幸い」 が見えるのです。想像を絶する苦難を味わったヨセフ。ヨセフのような 「神を恐れる」 指導者が日本に起こされることを主に祈り、待ち望みたいものです。

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