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2014年8月18日 (月)

「苦しみのときに」

               詩篇91篇1~16節

 神に信頼する者の恵みと祝福の原点についてみことばに傾聴しましょう。
1.神に信頼する人
 
「主はご自分の羽であなたをおおわれる。あなたは、その翼の下に身をさける・・」 と神に対して徹底した信仰の告白です。いと高き方の隠れ場に住む者、全能者の陰に宿る、と表現されています。「信じる」 ことが 「住む、宿る」 と生きて働かれる神との交わりとして解かれています。多くの日本人の感覚とは全く逆です。もっとこの国に神に信頼する者が起こされ、神の祝福から遠ざかっている人々のため祈りが必要です。
2.神への信頼と応答
 
私たちにとって、神の恵みは朝毎に新しいのです。日中の忙しさの中で、一瞬一瞬神が共に歩んでくださっていることに感謝が溢れます。夕には忙しかった仕事を終えて我が家にあって主が疲れを癒してくださいます。今日一日の主の守りに感謝し、寝床に就くとき、そこでも私たちの目は 「主の麗しさ」 に向けられるのです。こうしてパウロは 「心の一新によって自分を変えるように」 (ローマ12:2) と勧めています。これが私たちの霊的な礼拝、神に力強く、積極的に応えていく唯一の方法です。
3.神への信頼と祝福の原点
 
「わたしを愛しているから助けよう、わたしの名を知っているから・・、わたしの名を呼び求めるから答えよう」 と約束してくださる神様です。神へのこのような信頼、そこには打てば響くような神の恵みがある」 と詩篇の記者は告白をしています。信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さない生き方です。イエス様は 「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければだれひとり父のみもとに来ることはありません」 (ヨハネ14:6) と。神への全面的信頼を疑うことがないようにしたいものです。現状を認めつつも、忍耐をもって祈り続けるところに、私たちの思い願いを超えて神は祝福を満たされるのです。私の信頼するわが神と告白する 「神を愛し」 「神の御名を知り」 「神を呼び求める」 歩みをさせていただきましょう。「打てば響くような恵み、祝福を満たして」 くださる神を感謝します。

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