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2014年7月21日 (月)

「今こそ私は知る」

                   詩篇20篇1~9節

 ダビデは 「今こそ、私は知る」 と強調、神に従う指導者の揺るがない確信を表明。
1.信仰の勝利の確信とは
 ダビデは 「今こそ私は知る」 と信仰の勝利を確信。少年時代には小さな石一つで巨人ゴリアテを倒しました(第1サムエル17:45~47)。神の力に全面的に信頼し行動、勝利しています。ここに信仰の秘訣があると語ります。「ある者は戦車を誇り、ある者は馬を誇る・・・」 ダビデは 「主の御名を誇ろう」 と勧めています。神に信頼し、御旨を祈り求めるのです。
2.信仰の体験に至る人
 
「今こそ、私は知る。主は油注がれた者を救われる・・・」 と語ります。ここではダビデ自身のことであり、「王の王であるメシヤ、主キリスト」 をも指して語られています。それだけではありません。主を信じ、受け入れた私たちもすべての聖徒とともに 「油注がれた」 者です。
 私たちを取り巻く環境は、神に敵対するもので溢れています。その中で、私たちは 「主の御名を誇る歩み」 に徹していきたいものです。ダビデと同じ信仰告白に立つことが出来ます。
3.信仰ととりなしの祈り
 
この詩篇は民が王のために祈る 「とりなしの祈り」 です。新約聖書にも 「そこで、まず初めに、このことを勧めます。すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝が捧げられるようにしなさい。」(第1テモテ2:1)とあります。
 世界は今も、本当の平和を生み出せない苦しみの中でもがいています。人間の歴史は争いと戦争、殺戮の繰り返しです。日本は戦争終結から69年目の夏を迎えます。戦争を放棄することを宣言、非核三原則を世界に向かって表明して、憲法9条の守りがありました。
 今、私たちは何が国を救い、何が民を守り、助けるのかと危機感を持って国の指導者のために祈る必要を覚えます。国々は軍隊と武器の力を誇ります。ダビデ王は国の真の力は武器でも武力でもなく、まことの神への礼拝と、まことの神の力にあると告白します。
 ダビデ王のために多くの祈り手がおりました。ダビデ自身、困難な現実の中、王として個人的に神に直結して神を恐れ、神の偉大な力のもとに身を低くして祈る大切さを深く悟っています。私たちの信仰と祈りは多くの困難の突破口です。その真実に今こそ私たちも目が開かれるのです。私たちの確信と希望を、永遠の勝利を与えてくださる神において祈り続けましょう。
 

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