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2014年5月

2014年5月26日 (月)

「岐路に立って」

                 使徒8章1~13節

 神様はあらゆる困難と試練を恵みに変えてくださるお方です。
1.迫害の中で 
 ステパノが処刑された日、エルサレム教会に迫害が起こりました。その先頭にいたのがサウロです。ステパノを殺すことに賛成した恐ろしい迫害のリーダーでした。敬虔な人々は、ステパノを葬り、非常に悲しみました。厳しい環境の中でステパノの死は、人々の心を 「まことの神」 に向けさせたのです。ステパノの死は無駄にはなりませんでした。キリストのために生きた人は、キリストのために死ぬこともできるのです。そして迫害によって散らされた人々はみことばを宣べ伝えて歩いたのです。
2.聖霊の押し出し
 
ステパノの説教からステパノの殉教による死、そしてエルサレム教会への迫害へと現実の状況はめまぐるしく急変、教会は荒らされたのです。失望落胆してしまいそうな状況の中、教会は聖霊により頼んだのです。心を一つに、一致団結して新しい段階に踏み出すように聖霊に導かれています。人間の考え計画を超え、神のわざを押し進めてくださるお方です。過去の失敗を繰り返すことがないよう聖霊に導かれましょう。
3.岐路に立って
 
この厳しい現実を前に主のために力強く立ち上がったのは、教会のクリスチャンたちです。緊急事態のただ中、第一のものを第一に行動し、みことばの宣教に力を注いでいます。教会の信徒による伝道が、教会の歴史に祝福をもたらすのです。ここで、ピリポの伝道が詳しく語られています。ピリポはステパノと同じく選ばれた7人の中の一人です。ピリポの伝道によって、ユダヤ人と交わりのなかったサマリヤ人の心に福音の光が照らされたのです。ユダヤ人から見ると、堕落した人々のようでした。このピリポの働きを聖霊なる神が支えてくださっています。イエス様もサマリヤの女性に福音を語ったことがあるように、確かに 「神の救いを必要」 としていたのです。良き訪れである福音は、人の生活と生き方を根底から変える 「神の力」 です。福音信仰が、生きるとき、死ぬとき、周りに大きな影響と説得力と豊かな実を結ぶことになるのです。

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2014年5月19日 (月)

「主の目に尊い信仰生涯」

             使徒7章54~60節

 壮絶な殉教の死を迎えたステパノは3つの言葉を残しています。
1.神の右に立つ人の子 
 「見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます」 聖霊に満たされたステパノは 「人の子」 が神の右に立っていると証言します。この表現はダニエル書にも出てくる言葉であり、やがて訪れようとしていた 「メシヤの称号」 です。2000年前私たちのもとに来られたイエス様が、ご自分のことを言い表すために使われた言葉です。ステパノは、イエス様が確かに 「神の右におられる」 と訴えています。
2.主の御もとに凱旋
 
「主イエスよ。私の霊をお受けください。」 と叫ぶステパノです。イエス様も 「父よ。わが霊を御手にゆだねます」 と言われました。使徒の働きの著者ルカは、ステパノがイエス様のように息を引き取ったことを強調しています。彼は最後の最後に至るまで主にならう者でありたい、主の御足の跡を辿りたいと願ったのです。「忠実なしもべよ。よくやった」 と神様から称賛されるなら、それは本当に嬉しいことであります。
3.主の目に尊い信仰生涯
 
この危機の中、ステパノは 「主よ。この罪を彼らに負わせないでください」 と自分を顧みず、彼を攻撃する人々のために祈っています。聖霊に満たされ、神の真理を大胆に解き明かしたのですが、聴衆は耳を傾けず攻撃したのです。その場にサウロという青年がおり、ステパノを殺すことに賛成していました。この男は、ステパノの祈りと、神への委ねきった信仰の姿勢を見ました。聖書に 「主の聖徒たちの死は主の目に尊い」 とある通り、ステパノの最後の祈りは、むなしく地に落ちることはありませんでした。なぜならこの後、サウロ(パウロ)はキリストを迫害する者から、キリストを宣べ伝える伝道者と変えられているのです。私たちの祈りも、むなしく地に落ちることはないのです。時も方法も神のものです。主が道を開き、祝福してくださるのです。いのちのことばをしっかり握り、世の光として輝くことです。これによって自分の努力したことが無駄でなく、・・「キリストの日に誇れる」 のです。(ピリピ2章16節)

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2014年5月12日 (月)

「神の御住まい」

               使徒7章44~53節

 エルサレム神殿を冒涜したと非難されたステパノの命がけの論証です。
1.あかしの幕屋
 
イスラエルの民が旧約時代にもっていた幕屋について説明するステパノ。それは 「神を礼拝する家」 です。木の柱と枠、そして幕(テント)に分解でき、持ち運びが可能でした。テントの中は聖所と至聖所の二部屋に区切られています。あかしの幕屋と言われ荒野にあったと証言。民はそこで生けるみことばを授かり、神と出会い、礼拝をしたのです。ステパノは、目の前のサドカイ人とパリサイ人は、残念ながら神を見失って、がらんどうの神殿にしがみついて信仰が形骸化していると言及しています。
2.神との会見
 
ステパノの説教で見落とせないのは神に信頼する者の霊的礼拝の姿です。彼はイスラエルの歴史を遡って 「神の臨在」 がパレスチナやエルサレムに限定されるものでないことに言及。アブラハムが生まれ故郷を旅立ったとき神に出会っていること、ヨセフも兄弟たちからいじめられながら、そこに神がともにおられ、神により、エジプトの総理大臣になったこと等々・・大弁論を展開したステパノは、神を非難した人々の不信仰を指摘。霊の目を開くなら、神の臨在と栄光に触れることが出来ることを論証します。
3.神の住まい
 
ステパノはイザヤ書を引用し、「主は言われる。天はわたしの王座。地はわたしの足の足台・・」 と語り、神様と如何に交わりを保ち続けるかを語ります。神様は人間の造った狭い空間にお入れできるようなお方でなく、神殿とか幕屋は影や写しのような存在と語ります。「聖なる所を汚した」 と訴えられたステパノは、信仰の目をもって、新しい時代の到来を告げています。イエス様が十字架上で犠牲となられたとき 「神殿の幕が真っ二つに裂けた」(マタイ27:51) とあります。これはまことの神様と密接な交わりが約束された新しい時代の到来を告げる証拠です。神との密接な交わりに生かされる 「いのちの回復」 です。それは心のへりくだり、主のみことばに恐れおののく者です。一人一人が霊とまことによって、神と会見でき、神と交わることができるのです。

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2014年5月 6日 (火)

「神の召しに応えて」

                使徒7章23~34節
 ステパノは神がモーセをどのように用いられたかを解き明かします。
1.神のご介入
 
イスラエルの民がエジプトに移り住んで400年、ヨセフは世を去っていました。BC1550年頃のこと、エジプトでは神を恐れない王が国を治め、男の赤ん坊殺しの計画がありました。イスラエルが過酷な労働に苦しむ暗黒の時代に神はイスラエルを救う機会と考えたのです。この時代にモーセは誕生、両親はこの子を3ヶ月間隠しました。その後赤子をナイルの岸辺に捨て、それがパロの娘の目に留まり、王家から養育費が出て育てられるのです。神のなさる至れり尽くせりの配慮に驚かされます。
2.神の訓練
 
ステパノはモーセが如何に信仰を持って神の訓練に応答したかを語ります。エジプトのあらゆる学問を学び、吸収しました。ことばにもわざにも力があり、大きく成長する中で 「イスラエルを顧みる心」 が起こっていたのです。モーセは地位とか名誉に心奪われるのでなく、神の民とともに苦しむことを選び取っています。血気盛んだったモーセはある日エジプト人を打ち殺す失敗をしました。神はモーセを80歳になるまでミデアンの地に退かせ、この期間に神の訓練を施し、神の時を待つことになります。
3.神の召命
 
40年経ったとき、神はモーセに 「柴の燃える炎」 の中に現われます。モーセは主に潔められる体験に至り、指導者としての資質が培われ、人間的野心は主に取り去られます。「さあ行きなさい」 との主の御声に接したモーセは 「私はいったい何者なのでしょう」 と尻込みをします。モーセは 「地上の誰よりも非常に謙遜」 であった(民数13:3)。
 神の前に砕かれて、神の声を聴き、立ち上がるのです。神の声に接し、従うのです。
 ステパノは、モーセをイスラエルの解放者としたのは 「神である」 と強調します。またこのとき、サンへドリンもリベルテンも立派な神殿や会堂を誇っても、イエス様を信じようとしないことを洞察していました。ステパノは、このモーセこそ 「イエス様の雛形」 であり、生ける神のみことばをイスラエルに取り次いだ器と、語っています。

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