「あなたを祝福される神様」
民数記No.1 民数記6章23~27節
増田満喜子
民数記はなぜイスラエルの民が40年間も荒野をさまよったのかを説明する書物でもあります。私たちは民数記を通して、自分は主の前にどのように在るべきか教えられていきたいと思います。
1.秩序
律法の教育がなされた後、モーセが行ったことは人口調査でした。彼らの周囲には多くの敵があり軍隊を作る必要がありました。数えてみると20歳以上で軍務につくことができる男性は603,550人。この数字から考えるとおそらくイスラエル全体の人口は200万人以上いたことになります。このような大集団が神様の命令に従い、秩序を持ち旅を続け、秩序を持って宿営し、秩序を持って主を礼拝したのです。神様は秩序を大切にされます。私たちもまた、自分の好き勝手に歩むのではなく、主の用意してくださった秩序を大切に日々を歩み、秩序を持って主の前に出ることが求められています。
2.祝福
これらの秩序が整えられた後に祝祷が祈られます。神様が私たちに与えてくださっているのは 「祝福」 です。「主が」 3回繰り返されますが、三位一体の神が強調されています。また24、25、26節と次第に単語数が増えていきますが、これは三位一体の神様の祝福が強く、広く、深く、大きくなっているという意味です。第1の祝福は守りです。主は私たちが気付かないところでもこの守りの祝福を注ぎ続けておられます。第2の祝福は恵みです。神様はご自身の顔を照らし、ご自身を私たちに知らせてくださいますから私たちは主を知ることができます。イエス様の十字架によって私たちは神様の恵みをいただくのです。第3の祝福は祝福の最高峰である平安です。欠けたところのない、消えることのない神様の臨在の中にある完全な平安です。この祝福は主イエス様を心に受け入れた者だけが持つことのできる祝福です。なぜなら主イエス様の十字架による赦しと救いが完全な平安の根拠だからです。
3.祝福の管として
この平安を私たちは一人占めしてはいけません。主は23節で 「祝福して祈りなさい」 と言われました。繰り返し祈り続け、主の祭司として私たちは神様からの祝福を家族、友人知人に、そして隣人にお届けする者とさせていただきたいのです。
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